民法改正と法律を「改正する法律」

IT法コラム

 法律の改正が「差分」方式で行われていることは、一般には殆ど知られていない事実の一つでしょう。例えば、2020年4月から施行予定の新民法(債権法の部分の改正法)は既に国会で成立していますが、文字どおりの新「民法」が作られたわけではなく、「第○条第1項中『△△△△』を『□□□□』に改める。」といった「差分」だけが書かれた「民法の一部を改正する法律」が別途作られています。「民法の120年ぶりの大改正」と言われるのを地で行くように、当初の「民法」すなわち「明治29年法律第89号」は実はまだ生きており、その後あまたの「民法の一部を改正する法律」が作られ、今回また新たな「民法の一部を改正する法律」すなわち「平成29年法律第44号」が作られたわけです。

 このため、改正後の法律の最新イメージは、当初の「明治29年法律第89号」をあまたの「民法の一部を改正する法律」で次々にアップデートしていって初めて得られることになります。もちろん、いちいちそのようなことはやっていられませんから、最新イメージが掲載されている市販の六法や法令データベースが利用されるわけですが、それらは次々アップデートを肩代わりしてくれる民間のサービスであり、公のものではありません。近年は総務省のサイトでも最新イメージが提供されるようになりましたが、これも国の(しかし民間のものと同列の)サービスにすぎず、参考情報の提供という位置付けです。公式版はあくまで、官報で公布された「明治29年法律第89号」とあまたの「民法の一部を改正する法律」なのです。
 IT系の人であれば、このような「差分」方式には大きな違和感(あるいは怖さ)を覚えることでしょう。あまたの「改正する法律」の中に一つでも誤りが混入していれば、リセットされることなくそれがそのまま最新イメージに引き継がれてしまうからです。新しい実績値が得られているのに、わざわざ前の実績値との「差分」に引き直したうえでデータを記録する、というのに等しいわけで、誤りに対していかにも脆弱です。これは、全ての事務処理(データ処理)が常に正しく行われる、という無謬前提に立ったシステムと言えそうです。実際のところは、誤りは滅多に起こらない、あるいは誤りに気づいた後の法改正に紛れて訂正がなされるわけですが。
 ところで、このような「差分」方式は、法律の改正の場合に限られません。控訴審の判決も多くの部分で、第一審の判決に対して「原判決○頁2行目『そして』から同頁5行目までを削除し、以下を挿入する。」というような「差分」方式が採られています。これはこれで、どの部分がどのように変更されたのかが一目で分かる利点はあるものの、いかんせん、判決には最新イメージに引き直してくれるサービスがありません。いっそのこと、ワープロの「変更履歴」方式にしてくれれば有り難いのですが、データが原本にならない限り、そのようなことは起こらないでしょう。裁判官の「ほぼ」100%は、ワープロで判決書きを作っているはずですが、原本はあくまで、ハンコの押された紙の判決書きなのです。