IT契約実務のイロハ
タイトルは「IT契約実務のイロハ」としましたが、必ずしも「IT契約」ばかりに限りません。また、「イロハ」と言っても、中小事業者向けとばかりも言えません。実際、一応の法務機能があるそれなりの規模の事業者でも、これらをしっかり理解し、実践できている企業は、それほど多くはないようです。逆に言えば、法務機能が少々弱くとも、これらを確実に押さえておけば、契約実務のグレードは大きく上がるはずです。
見積が契約に引き継がれるとは限らない
見積書は、本来「見積り」のためにあるものですが、知的財産権の取扱いや費用の実費精算、といった契約書に書かれるような条件が記載されていることがあります。そうした条件が付くからこそこの金額で受けられる、という理屈ですから、これは本来そうあるべきとも言えるものです。見積前提として作業や成果物の明細が記載されているのと同じ理屈です。
しかし、せっかくこのように記載された見積書上の条件が、いざ契約となると契約書から抜け落ちてしまっていることが少なくありません。契約担当者の意識としては、当然に見積書の条件を引き継ぐというつもりなのでしょうが、そうなるとは限りません。見積時に付されていた条件について、交渉の挙句、契約ではこれを引き継がないことになったからこそ削除された、と読まれてしまうおそれがあるからです。
引き継ぐのであれば、同じ条件を契約書にも入れるか(必要ない限り、表現を変えるべきではありません)、見積書記載の条件を引き継ぐ旨の明文を入れるか(引き継がないものがあれば、注記すべきです)、といった一手間をかけることが必要です。見積書に例を採りましたが、RFPや提案書といった文書でも同様です。
基本契約書より個別契約書が大事
基本契約書は、これを締結した取引先との一連の取引に通用しますから、確かに重要なものと言えます。しかし、基本契約書ではせいぜい取引類型(販売、開発、保守、サービスなど)ごとの特性しか考慮できないのに対し、個別契約書では正に「その契約」の特性が考慮されます。実際、交渉さえ厭わなければ、基本契約書の内容を個別契約書で上書くことは通常、自由にできます。
さらに言えば、基本契約書に書かれる一般条項の類は、仮にそれがなくても民法のデフォルトが適用されますから、大勢に影響はありません。法律家はしばしば(それが生業であるために)、民法のデフォルトのままの契約リスクを強調する傾向があります。それはそれで間違っているわけではありませんが、リスクの大きさや取引へのインパクトからすれば、個々の契約での具体的条件には到底及びません。
そもそも、個別契約の最重要の内容である契約の範囲・内容(作業や成果物)、報酬額、納期(作業期間)には、デフォルトはありません。これらは、契約書だけが頼りであり、もしこれが不明確であると、そのこと自体がトラブルの種になってしまいます。
契約書より仕様書が大事
契約の範囲・内容、報酬額、納期が最重要であると言ったとして、後の2つが書かれていない契約書は、まず見当たりません(絶無ではないところが恐ろしいのですが)。しかし、契約の範囲・内容が「きちんと」書かれていない契約書は、山ほどあります。「〇〇一式」というほどではなくても、ユーザが何を求めることができ、ベンダが何を履行しなければならないのか、具体的なことは何も分からない契約書は少なくありません。
そうした事項の規定は、むしろ契約書本体より、添付の仕様書の方が普通でしょう。それが、「契約書より仕様書が大事」の意味です。作業や成果物だけでなく、作業の方法や手順、特別な条件を期待するのであれば、仕様書に記載しておく必要があります。たとえそれが、当然の技術的要求であっても、業界の常識であっても、書かれていないことは相手方に否定されてしまえば(トラブルの際は必ず否定されます)、通せる保証はありません。
契約条項は「魔法の呪文」ではない
契約条項は、何が書いてあるか分からないが何か良いことが起こる「魔法の呪文」ではありません。しがたって、体裁でなく中身が重要です。しばしば、肝心の中身がスカスカで、「両社の共存共栄を図るため……」といった精神論を謳い上げたり、「この限りでない」や「準用する」といった法律ジャーゴンを多用して、それらしい見掛けを備えただけの契約書に出会うことがあります。しかし、これは時間と労力の無駄です。
同様に、契約条項は、契約責任者が内容を理解できていなければなりません。理解できていなくても、いざ訴訟となれば有利に働く「何か良いこと」が書いてあるはずと期待していると、当てが外れます。理解できていないのであれば、不利に働く「何か悪いこと」が書かれているかも知れません。有利になるようひな型を入念に作っておいたとしても、有利なはずの条項も状況によりプラスにもマイナスにも働きます。だからこそ、状況を的確に判断できる契約責任者が契約内容を良く理解している必要があるのです。
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