民法(債権法)大改正のIT法務への影響

IT法務

 明治29年に制定された民法(のうち契約等に関わる債権法の部分)が、約120年ぶりの大改正となります。実際に施行されるのは2020年4月からとなりますが、早くから準備するに越したことはありません。また、施行後も相当の期間にわたり、解釈や運用の状況をウオッチしていく必要があります。
 もっとも、改正議論の当初には3000項目にも及んでいた論点は、次第に現実的(保守的?)になってゆく議論の過程で縮小され、一般企業の、特に日常の契約法務に与える影響は、比較的緩やかなものとなりました。その中で、IT法務への影響が大きいと思われる注意すべき改正点を挙げるとすれば、以下の三点でしょうか。

一点目.契約解除における帰責事由

 相手方の債務不履行により契約を解除する際に、旧法では要求されていた相手方の帰責事由が不要となります(新法541条)。要は、責任原因はひとまず措いて、ともかく履行の遅滞や不能があれば契約関係は解消できてしまうということです。この点は、実は今回の改正で最も違和感のあったところです。システム開発契約が頓挫した際、訴訟の中心的な争点とされていたのがこの帰責事由ですし、契約が解除されてしまえばベンダの報酬はゼロ(前払の報酬も返還)が原則となるからです。
 もっとも、新法も解除しようとする側に帰責事由があった場合は、解除できないとしています(新法543条)。開発頓挫でベンダに責任原因がないということは、ユーザに責任原因があるというのと表裏一体ですから、結局のところ、新法に変わって影響が出るのは「誰の責任でもないのに頓挫した」という稀有のケースだけということになりそうです。それでも、法文の違いが何かしらの違いを生むかも知れませんが。

二点目.契約不適合責任とその期間

 旧法での瑕疵担保責任は、新法では契約不適合責任という形で再整理されます。用語の変更に表れているように、責任の性質として契約との結び付きがより前面に打ち出されます。ただ、システム開発契約等で問題となる請負契約、特に固有性の強い受託開発での責任に限れば、もともと契約をベースに責任の有無が判断されていましたので、特に変わりはありません。
 むしろ気になるのは、責任期間の起算点が「目的物を引き渡した時」(旧法637条1項)から「不適合の事実を知った時」(新法637条1項)に変わることでしょう。ベンダにとっては、「稼動から数年経って初めて踏まれた特殊条件下でのバグ」のようなものに対応しなければならないことになります。その時には開発当時の事情を知る担当者もいなくなっているかも知れません。この規定は契約で上書くことはできますから、メインの交渉ポイントの一つになりそうです。

三点目.定型約款の新設

 新法で導入される「定型約款」(新法548条の2)に該当する場合、相手方の利益を一方的に害する条項が無効とされるといった制約がある反面で、一定限度の変更は準備した側が単独で行うことができるようになります。ただ、「定型約款」は、日常的に使われている「約款」とは似て非なるものです。もちろん、事前の具体的な合意なしに通用力が認められる点ではまさに「約款」なのですが、「定型」すなわち、不特定多数者を相手方とする取引で、内容が画一的であることが当事者双方にとって合理的であることが要件とされています。
 そこで、実務対応としては、まず「約款」らしきものが「定型約款」に該当するかどうかの判断から始めることになります。IT関連では、開発契約書が該当することはまず考えられませんが、ウェブやクラウド関係の規約類が該当する可能性は高いでしょう。相手方の保護という点で消費者法制と共通するところがありますが、相手方が事業者であっても適用があるため注意が必要です。

次点.消滅時効、請負の出来高的報酬、成果完成型の準委任

 その他では、消滅時効の期間が原則5年に統一されますが(新法166条1項)、商法の適用を受けていた企業間の取引ではもともと5年でしたので、大きな違いはありません。
 また、請負契約が仕事の完成前に終わった場合でも利益の割合に応じた報酬が認められるようになりますが(新法634条)、これは従来から最高裁判例で認められていたもので、(にもかかわらず)もともとシステム開発契約では殆ど適用されたことはありません。
 さらに、準委任の中に請負に近い「成果完成型」の類型が認められるようになりますが(新法648条の2)、これも従来から実務上あったものですし、新法でも「成果」やその「引渡し」が必要となるだけで「完成」が求められるわけではありません。
 ただ、従来からあった判例や有力な学説、実務慣行が明文化されただけでも、交渉でより使いやすくなり、訴訟でより主張しやすくなり、その結果、解釈や運用に微妙な影響が及ぶことはあり得ます。とはいえ、こうした点は、施行後に訴訟を中心とした実務運用が安定化して、初めて明らかになるものです。新法が現実に適用されるのは、(条文によって異なりますが)概ね施行後に締結された契約です。それらについて解釈問題が表面化し、裁判例等の形で積み重なるのは相当に先のことになります。まずは、重要な影響を生じさせるポイントを押さえることが先決です。

 近年では個人情報保護法が施行された際が典型ですが、大きな法改正がある場合は、変化に対する過剰反応的な解釈や誤解に基づく誤った解釈が実務に横行することがあります。疑心暗鬼的な現場の不安が、世間の「改正熱」で煽られて増幅されるのでしょう。冷静に対処したいものです。