ITの進歩と停滞の半世紀
ITの分野は、恐らく他のどのような分野にも増して、進歩の速い世界でしょう。犬の1年が人間の7年に相当することになぞらえたドッグ・イヤーは、技術革新一般についての言葉ですが、その筆頭は何と言ってもITです。ムーアの法則によれば、「半導体の集積密度は18から24か月で倍増する」のだそうで、早晩、集積が原子レベルにまで達して頭打ちになるだろうと言われるほどです。実際、今のパソコンは、かつてのメインフレームを単純性能ではるかに凌駕します。
こうした進歩は、物理的な性能が前面に出る場合には、それに比例するとまでは言えないまでも、十分に実感することができます。企業内のオンライン処理で「ただいま処理中です」などとオペレータを待たせるだけの画面は、まず見られなくなりました。初期には1分近くも待たされていた銀行のATMも、いまではほぼ瞬時と言って良いでしょう。
ところが、オフィス系ソフトの体感スピードになると雲行きが怪しくなってきます。この種のソフトが企業で一般に使われるようになってから20年以上が経ちますが、体感スピーとは測ったように変わりません。いや、「測ったように」というのは、正しくありません。むしろ、技術進歩の恩恵は、殆ど使われることのない無駄な高機能化や、開発効率化のための技術によるオーバーヘッドが、精確に「測って」食い潰してきたのでしょうから。
さらに言えば、システム開発のマネジメントは、まったく進歩がないように見えます。筆者がシステムの仕事に初めて就いたとき、関連会社のベテラン技術者が「自分が仕事を始めた20年前と比べて何も変わっていない」と嘆いていたのを思い出します。それから早25年、トータル45年、やはり何も変わっていません。この間、様々な開発方法論やマネジメント手法が出ては消えましたが、少なくとも開発プロジェクトの成功率を顕著に押し上げるような変化は、絶えてなかったと言うほかありません。開発生産性に至っては、オープン化以降、はっきりと低下したように思われます。
このような問題を抱えているのは、ITが産業として若いからだと言いたくなりますが、それでも既に半世紀の歴史はあります。むしろ、若いほど伸びしろは大きい理屈ですから、停滞の口実にすることはできません。あえて言うなら、技術そのものや、社会経済からの要求や、需要の絶対量など、IT産業をとりまく環境の凄まじい変化が、産業としての「健全な蓄積」を許さなかったということが、最も大きいものと思われます。人間は犬のスピードで生きることはできない、と言ってしまうと身も蓋もありませんが。
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