先行着手と仮発注書

システム開発

 消費者契約法には、契約(の申込みや承諾)前に、その契約の義務の内容自体を実施したり、調査や物品調達といった契約締結を目指した活動を実施して損失補償を請求したり、という場合に、一定の条件の下でその契約を取り消すことができるという規定があります。事業者が消費者の困惑に乗じて契約を獲得することを禁じる趣旨の、消費者保護の規定です。

 あくまで外形だけ見ればということですが、これは開発契約での正式契約前の先行着手に良く似ています。ただ、先行着手の場合は、交渉力の弱いベンダが、納期必達を強調する(しかし正式契約には応じてくれない)ユーザに押されて着手してしまう、という状況です。つまり、不合理な契約をさせられる(要らぬ代金を払わせられる)消費者と、やり損になる(かけた費用も回収できない)ベンダ、と方向性は180度異なります。もっとも、このようなベンダの側にも、(消費者契約の場合のような)契約獲得に向けて何とか既成事実を作りたいという思惑、そこまで行かなくとも先行着手のリスクを甘く考えている節がないではありません。
 中には、先行着手が殆ど常態化してしまっているベンダもあります。そして、仮発注書の取得までが契約ルーチンに組み込まれていたりします。しかし、仮発注書というのは、「これさえ取っておけば先行着手しても大丈夫」というものではなく、「どうしても先行着手せざるを得ない場合に、せめてこれだけは取っておく」という類ものです。何もないのと仮発注書があるのとは大きな違いですが、仮発注書と正式の契約書にはなお大きな違いがあります。結局のところ開発中止となれば費用の一部しか回収できませんし、そもそも開発中止となるリスクが大変高い状況と言わざるを得ません。何しろ、ユーザは開発プロジェクトのGoを決断できていないからこそ、正式契約に応じないわけですから。

 多少実務的な話をしておけば、仮発注書すらなしに先行着手した後でユーザが開発中止した場合、ベンダが一部なりとも費用を回収することは、他に何らかの手掛かりがない限り、相当に困難です。仮発注書があった場合、中止までの作業にかかった費用を回収する可能性が出てきます。ただし、仮発注書の内容にもよりますが、契約締結上の過失のような法理に頼らざるを得ないとすれば、金額は原価どまりが原則です。その原価にしても、実額を積上げ立証する必要があるため、実務上はそれほど容易でありません。契約成立が認定できる状況に至っていた場合(これには契約書がほぼ必須、つまり先行着手ではないことになりますが)、そもそも開発中止の可能性が低いばかりでなく、かかった原価の全てと逸失分を含めた利益の請求が可能となります。
 ユーザの負担は、ベンダとは逆に状況が煮詰まっているほど増していきます。いずれにしても、先行着手は、ベンダにとってもユーザにとっても、見通しが悪くリスクの高い行為であることを心しておくべきです。