法令の正式名称と略称

IT法コラム

 法令の正式名称(正しくは「題名」といいます)には、長いものが少なくありません。俗にいう「個人情報保護法」は「個人情報の保護に関する法律」、「プロバイダ責任制限法」は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」が、それぞれ正式名称です。比較的知られている法律で特に長い法令名を持つものと言えば、「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」あたりでしょうか(これは「預金者保護法」と呼ばれています)。

 このように法令名が長くなるのは、その内容をできるだけ正確に表したいということなのでしょうが、いかにも長すぎます。最後の「偽造カード……」に至っては、SEO用のキーワード詰込型の記事タイトル、あるいはライトノベルの文章系タイトルを思い起こさせます。これらの場合は、何としてでも機械(クローラ)にキーワードを刷り込みたい、どれも長くて奇抜なタイトル群の中で頭一つ抜け出して潜在読者にアピールしたい、といった切実な要求があるわけですから、まだ分からないではありません。しかし、法令名を見て法令の内容を正確に理解しようとする人はいないでしょうし、そもそも法令の内容を見ない限りそれは不可能なことです。「民法」や「刑法」は、これが正式名称であり実に簡潔です。これらは基本法令であり、先発の利もあって定着したことは否めませんが、しっかり固有名詞の役割を果たしています。
 「民法」や「刑法」ほどには徹底しないとしても、「……の……に関する法律」のような何も付け加えるところのない部分は取り去って、「個人情報保護法」などとすれば十分でしょう。長いばかりでなく意味内容をズラズラと並べた場合、法改正によって法令の内容が微妙に変化したとき、法令名をいちいち変更するのかどうかも、気になるところです。「証券取引法」が「金融商品取引法」に変わったときのように、法令の内容自体に大きな改正があれば変更すべきでしょう。しかし、そうでない場合にまで変更するのは連続性が保てずに混乱を招きますし、変更しなければ内容を正確に表さなくなった法令名を放置することになります。こうした事態を避けられる「サロゲートキー」的なものとして、「平成30年法律第999号」というのがありますが、日常的に使うには明らかに不向きです。
 かつて法令審議の際に、ある委員が長い法令名に対して、「六法を引くのに『公害罪法』なら『コ』の項で見つけられるが、『人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律』などとされると、『ヒ』の項を探さなければならないから困る」と言って反対したという逸話があります。これは半分は笑い話ですが、法令を探す/特定するという法令名の最も基本的な役割を突いています。現在なら、法令のデータ検索を使えば「公害罪」でヒットするでしょうが、逆に言えば「公害罪」以外の部分は無用であるとも言えます。法令の内容まで読み込むGoogle式の検索機能があれば、「健康」のキーワードだけで「公害罪法」を上位候補として示すこともできそうです。

 現状、「個人情報保護法」も「プロバイダ責任制限法」も、略称は正式略称ではありません。総務省の検索サイトでも略称法令名一覧が提供されていますが、これらの多くは、長さや複雑さを避けたい報道機関や出版社等の民間が付けた俗称です。俗称であって悪い理由はありませんが、付ける側の都合やセンスによりますから、同じ「特定電気通信役務提供者の……」に対して「プロバイダー法」、「プロバイダー責任法」、「プロバイダ責任制限法」と、複数の異なる略称が付されることになります。複数であるくらいならまだしも、内容を不正確に表しかねないという弊害も出てきます。例えば、「特定電気通信役務提供者の……」は、プロバイダの責任を制限するものであって、責任の根拠になるものではありませんが(責任の根拠は民法の不法行為法によります)、「プロバイダー責任法」はそうした誤解を助長するかもしれません。
 さらに言えば、まだ審議中である法令に都合の良い略称を付して印象操作することによって、その成立を促進したり(政府与党や保守系の報道機関がやりそうです)、阻害したり(野党や左派系の報道機関がやりそうです)することが、いかにもやり易くなります。いずれにしても、長い法令名はいくら綿密に付けたとしても結局のところ使われなくなり、強力かつ怪しげな俗称に取って代わられます。同じ綿密に付けるのであれば、強力かつ怪しげな俗称に対抗できる端的な正式名称を立法者が責任と覚悟をもってつける方が良いでしょう。