電子契約の法的効力と課題
電子契約は、業務の効率化や印紙代の削減といったそれ自体としての利点だけでなく、押印を排するという意味でテレワーク推進の観点からも注目を集めています。政府も、「押印についてのQ&A」により、見直しを呼び掛けているところです。ただ、現状では、その法的効力や取引実務における通用力の点で不安を感じることも事実です。以下では、対外的な契約を前提に、電子契約の法的効力と課題を整理します。
企業間では契約書そのものの争いは少ない
前提として、企業間の契約では、契約書の成立の真正(作成名義人が文書の真実の作成者である)そのものが争いになることは、必ずしも多くないことは考慮に入れておく必要があります。例えば、個人間の貸借や相続の場面などでは、それこそ契約書自体が偽造されたり、第三者が勝手に押印したりすることも少なくありませんが、企業間の、それもある程度の交渉手続を経てなされる契約では、そうしたことは比較的稀と言えます。
実際、ウェブサイト上でクリックオン方式で締結される契約は電子契約の一つですが、そのログやシステムの正確な動作への期待を背景として、比較的低額の取引であれば既に社会経済に浸透していると言えます。つまり、電子契約全般が白か黒かという判断ではなく、具体的な方法を前提に取引量や金額を勘案しつつ、どの程度のリスクまで許容できるのかを判断することが肝要です。
法的効力はある、問題は証拠力
契約書に押印がなくても、電子契約であっても、特殊な例外を除けば、契約が法的に有効であることは疑問の余地がありません。ただし、それは口頭の契約であっても契約として有効である、あるいは、押印がないが故に、電子契約という方法の故に無効とされることはない、という意味において有効であるということにすぎません。問題は、証拠力の程度にあります。
紙の契約書の場合、もし締結後に改ざんされれば、物理的な媒体である紙に多かれ少なかれ改ざんの跡が残ります。これに対して、通常の電子データの場合、痕跡なしに改ざんすることは比較的容易であるため、証拠力に劣ります。
また、契約書等の文書に本人の印鑑による印影があれば、まず本人の意思による押印と推定され(最高裁昭和39年5月12日判決)、さらに文書の真正な成立が推定される(民事訴訟法228条4項)、という「二段の推定」が働きます。これは、実印(代表者印は登録されているので印影の証明手段がある)ばかりでなく認印(企業で言えば角印など、印影の証明手段はない)の場合にも同様です。もっとも、二段の推定は、あくまで、印鑑の盗用や文書の変造といった反証を許す「推定」ですので、それほど重要視する必要はないとの指摘もあります。
「当事者型」と「立会人型」と「その他」
電子契約のうち、法律上の扱いがはっきりしているのは、契約当事者の電子証明書を用いる「当事者型」のものです。これは、改ざん防止と本人確認がなされるうえ、「本人による電子署名」(電子署名法3条)について二段の推定も働くため、紙の契約書と同程度の証拠力があるといっても良いでしょう。ただし、電子証明書の管理が煩雑なため、事業者が提供するサービスとして普及しているのは次の「立会人型」の方です。
他方、「立会人型」は、第三者である事業者が立会人の立場で電子証明書を用います。改ざん防止はできるものの、推定が働く保証はありません(一定の要件を満たせば推定が働く余地はありますが)。ポイントになるのは本人確認で、電子メールによる確認など、事業者それぞれの方法でなされますが、この点が「立会人型」の信頼性に対するネックと言えます。さらに普及するためには、社会的な共通認識が形成されていく必要がありそうです。
なお、上述のクリックオン方式の契約や、素のPDFデータをやり取りするような「その他」の方法の場合、その証拠力はもっぱら、やり取りの際の手続や利用した機器の動作の正確性にかかってきます。いざという場合の立証は必ずしも容易ではありませんので、一定のリスクがは許容できる場合の方法と言えます。特に、押印が予定された契約書を押印なしのPDFでやり取りするような場合、かえって最終合意を欠いた証と見られてしまうおそれもあります。
課題① 契約締結権限はあるか
企業間の契約の場合、契約が有効に成立するためには、締結者に契約締結権限が必要です。株式会社であれば、代表取締役は法律上「一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限」(会社法349条4項)を有していますので、当然に契約締結権限があります(なお、法律上の権限のない事業部長等が名義人となることも、内部的な授権があれば有効ですが、外部から確認の手段がないためリスクはあります)。紙の契約書で代表者印が用いられた場合、「当事者型」で代表者の電子証明書が用いられた場合は、この問題はクリアされます(いずれも商業登記法による登録が可能なため)。
しかし、「立会人型」や「その他」の場合は、本人確認の際に「当該企業の従業者の誰か」(例えば、契約担当者)の関与までは確認できても、代表者の関与が不明なまま残るおそれがあります。本人確認が担当者名義で行われている場合はもちろん、名義は代表者になっている場合でも安心できません。代表印や代表者の電子証明書は、企業内でそれなりの管理がなされているのが通常ですが、それ以外の場合に代表者の意思が介在したことを立証するのはそれほど容易ではないからです。表見法理で救われる場合はあり得ますが、確実ではありません。
この点では、「当事者型」に分があり、「立会人型」や「その他」にはリスクが残ります。
課題② どのバージョンが合意文書か
必ずしも企業間の契約に限りませんが、契約交渉の過程で複数の版の契約書がやり取りされることがあります。この場合、押印や電子署名があれば、どれが合意文書かは明らかです(万一、二つ以上あっても新しい方が正となります)。これに対して、「その他」の場合は、版数や更新日を明らかにしたり、やり取りの際の電子メールを保管したりして、ある程度の証明ができることも考えられますが、弱点であることには変わりありません。また、複数の版のいずれでも合意が成立していない可能性も排除できません。
偽造や改ざんと異なり、文書そのものは偽物ではなく、通常の実務の中で比較的あり得る事態ですので、厄介なところです。この点では、「当事者型」と「立会人型」に分があり、「その他」にはリスクが残ります。
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