IT紛争における「摩擦熱」
紛争の当事者間で、一方が他方を一方的に押し込んでいれば、よほどの事情がない限りは相手方は折れるしかありません。これは実際には紛争と言えるようなものではなく、全体のパイは、「1+0=1」という状況です。もっとも、負け筋の相手方にも多少の理があれば、それなりに抵抗してくるかもしれません。落ち着きどころはこちらに有利な地点だとしても、多少の配慮をする必要がでてきます。ある程度紛争化してくれば、摩擦熱(紛争処理のコスト)や逆に負けてしまう場合のリスクが発生しますので、「0.9+0.1=0.8」となったりします。
容易に分かるように、当事者間の力関係が拮抗してくるに従い、摩擦熱が急激に大きくなり、トータルのパイは急激に減少していきます。これが6:4くらいになると、「雨の降る確率」が40%もあるわけで、あらかじめ傘を持って出る、つまり負けた場合のことを真剣に考えておかなければならなくなります。5:5ともなれば、どちらの当事者も、もはや自己に権利があるなどとは言えなくなります。「0.5+0.5=0」、下手をすれば、摩擦熱の方が大きくなって、「0.5+0.5=-1」ともなりかねません。
IT紛争(特にシステム開発関連)では、「こちらに8~9割の分がある」などと自信を持って言える事案は滅多にありません。立場を入れ替えて考えてみれば、相手方にもいくらでも言い分がある、というのが通常のことです。この点が、「貸した金を返せ」などといった紛争と大きく違うところです。試みに、額面1億円の紛争付債権を第三者に売却するとして(実際にはこのような「紛争の譲渡」は禁じられていますが)、いくらになるか考えてみれば分かります。おそらく、二束三文にすらならないでしょう。
この摩擦熱が最大となるのは訴訟になった場合で、こじれた事案では反訴や控訴でますます増えていきます。ひどい場合には、勝てる保証もないまま、5年も10年も貴重な経営資源を後ろ向きの紛争処理に費やすことになりかねません。権利義務の在りかはもちろん重要ですが、実務上はそれと同じくらい、摩擦熱にも注意しなければならないのです。
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