消えた年金記録と昔話

IT法コラム

 いわゆる「消えた年金記録」、「宙に浮いた年金記録」の問題が発覚してから10年近くが経ちますが、とても解消とは言えない状態のようです。最悪の場合、記録の不在により受給できるはずのものが受給できなくなるのですから、社保庁の責任は重大です。立派な「債務不履行」であり、民間企業であれば破綻していておかしくない事態です。ただ、記録の性質上、こうなるだけの十分な理由もまた存在します。

 相当大規模な組織のデータ管理を行った経験のある人であれば分かり過ぎるほどに分かるでしょうが、過去のデータの正確性(情報セキュリティ的に言うと完全性)を保つ作業は容易なものではありません。「正確性を保つ」どころか、システム再構築の際のデータ移行などになると、データの素性自体が分からない場合が多々出てきます。そこにデータはあっても、それが何を意味するのか分からない、という事態です。
 それでも大事に至らないのは、通常のデータでは利用期間がそれほど長くないからです。トランザクション・データは、一連の取引が終われば文字通り歴史的な記録の意味しか持たなくなりますし、マスタ・データも、時間が経つにつれて事実上アクティブでなくなっていきます。次第に「ゴミデータ」化していきますが、ともかくそれで済むわけです。
 しかし、ある種のデータには、利用期間が極端に長いものがあります。年金記録はその典型ですが、最長で10代、20代で納付した分の記録が、60代の受給時になって初めて使われるわけです。たとえ最初の記録化が正確であっても、40年以上の間、数次のデータ移行(昔であれば帳簿の転記?)に耐えなければなりません。これは想像以上の難事です。
 本当かどうかは分かりませんが、昔話や伝説の類は一代ごとに歯が抜け代わりに尾ひれがついていく、という話があります。子供の頃に祖父や祖母から聞いたものを、自身が老年になって初めて人に語って聞かせるから、というのがその理由です。しかし、昔話や伝説と違って年金記録では、歯抜けも尾ひれも許されません。そうであれば、青年期や壮年期にも語り続けるほかありません。年金でも記録の送付・開示など、遅まきながらの対策は始めているようですが……